2003 | ||
2003年8月31日米国ソルトレイクシティで,第1回アジャイル開発カンファレンスが開催されました. 現在ソフトウェア開発界で大きなムーブメントとなっているアジャイル型のソフトウェア開発プロセスに関するはじめての国際会議です. この記事は,カンファレンスの参加報告です.現在のソフトウェア開発業界に, 「アジャイル」というキーワードで何が起こっているのかをレポートしたいと思います.
■ 名称:アジャイル開発カンファレンス(Agile Development Conference) | ||
ソルトレイクシティは,本カンファレンスの議長(カンファレンス・チェア)である
Alistair Cockburn1氏のホームタウンであり,
さらにJim Highsmith2 氏も以前ここに住んでいたようです.
大きな湖のほとりにある,治安のよい静かな人口20万の都市です.
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コンファレンス前日の夜には,アイス・ブレイカー・パーティが催されました.
アイス・ブレイキングとは,「初対面の緊張を割る」ことです.
簡単な食事とドリンクでの立食パーティで,会場にはダンサー,占い師,曲芸師,似顔絵師,
などなどが参加するという面白い趣向がほどこされていました. | ||
キーノートスピーチは, 『ライトついてますか?』, 『コンサルタントの秘密』, 『要求仕様の探検学』 等で有名なGerald Weinberg.” Effective Habits in Software Development” (『ソフトウェア開発における効果的な習慣』)という内容で, 犬の家族を題材にしたビデオを中心にしたユーモア溢れる講演でした. ここであげられていた「習慣」には,コミュニケーションを大切にする,とか,感謝をする,など ソフトウェア開発者というよりも人間として他人と協調するために忘れてはならないことが多く語られました. | ||
セッションは,以下の4種類から構成されていました.
■ チュートリアル(Tutorial) このカンファレンスの特徴は,「チュートリアル」や「研究論文」だけでなく,
より身近な「体験レポート」や「技術交換」が含まれていることです.
特に技術交換では,参加者と講演者が一体となって議論を行うワークショップ形式が多く見られました.
アジャイル開発のような発展途上の技術については,
今回のような「緩やかなコラボレーション」を重視した会議の組み立てが重要であることを認識させられました. | ||
チュートリアルは,各話題についての講義中心です. 講義といってもアジャイルらしく,リアルタイムに質問が質問を呼び,参加者から別視点で回答があったりと, 日本でのチュートリアルとは雰囲気が全く違います. おそらく講師が話す時間と参加者が話す時間は半々くらいではなかったでしょうか. 幾つか著名人のチュートリアルを紹介します. 大物ぞろい Jim Highsmith は, アジャイルアプローチ全般についての現在の総括を行っています. Robert Martin3 は, 70, 80, 90 年代のソフトウェアを振り返り,現在の2000年でのアジャイル開発の意味について語りました. Scott Ambler4 はアジャイル・モデリング, さらにはアジャイル・データについて,Craig Larman5 は UP(Unified Process)のAgile適応について語っています. FDD(Feature Driven Development)を提唱している Jeff DeLuka6 と, SCRUMを提唱しているKen Schwaber7が, それぞれの手法の概説を行いました. XPの父であるRon Jeffries8 とWilliam Wake9 は, XPプロジェクトでの重要な役割である「コーチ」について語っています. この講義は6人1組のワークショップ形式で行われ,「折り紙」を使ってその作業をするプログラマ2名, それを見ているコーチ2名,さらにそれを観察している2名で, それぞれが気付いた点を話しあって「よいコーチとは」を考えるものです. Alistair Cockburn1 は, もちろん自身のクリスタル手法の解説ですが,よりプロセスをプロジェクトに適合させる, という視点を重視していました.
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新たな話題
最近,IXP(Industrial XP)という, マネジメントを含んだXPを提唱している Diana Larsen とJoshua Kevinskey は, XPを組織に導入する際の問題とその対策について話しました. また,トヨタ生産方式(リーン生産)をソフトウェア開発に持ちこむ, という刺激的な話題をTom/Mary Poppendieck10 夫妻が扱っています. XPの祖父であるWard Cunninghamは,顧客テスト(受け入れテスト)を自動化するツールであるFITをハンズオンで解説しました. テストをエクセルシートのような「表駆動」にすることで,顧客にテストを書いてもらえるような環境作りに挑戦しています (ちなみにこのFITというツールはWikiをベースにしています). パターンコミュニティで著名なMary Lynn Manns と Linda Rising11 は, 「回顧」(Retrospectives )という手法をアジャイルの文脈に持ちこんで解説しています. この手法はもともと終了したプロジェクトの検死解剖(Postmortem)と呼ばれていたもので, それを発展させて,プロジェクトの参加者が,過去のプロジェクトを振り返って, 次のプロジェクトへの勇気を取り戻すというヒーリング系の活動へと進化したものです.
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研究論文としては,以下のようなセッションがありました.
特に,ソフトウェアの見積や品質で有名なBarry Boehm12 が,
計画型開発とアジャイル型開発のバランスについての研究を発表しています.
これは近日書籍として出版
されるようです.また,Rick Mugridgeは,テスト駆動開発におけるテストを記述してから実装を行う開発手法が,
科学で用いられる仮説検証型の思考手法と共通点があることを指摘していました.
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自らの体験を語る体験レポートでは,多くの活発な発表がありました. | ||
技術交換は,参加型のワークショップ形式を取っているセッションが大半です.
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今回のコンファレンスで私が最も印象に残ったのは,コンファレンス全体のファシリテーションです.
ファシリテーションとは,「会議が円滑にいくように会場,雰囲気作りをし,参加型会議進行を行うこと」で,
アジャイル開発ではこのファシリテーションに関するスキルが大きくクローズアップされています.
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この他にも,「オープンスペース」という面白いミーティング方法がありました.
決められた掲示板に「何時からこの話題について話したい人は集まって」というお知らせを貼るのです.
すると,その話題に興味がある人が集まって自然に議論が始まります. |
注: 16Cockburn氏曰く,「チーターはファーストだがアジャイルではない. タイガーはファーストではないがアジャイルだ.」 |
今回のカンファレンスで,アジャイルムーブメントは,確実に本物になりつつあると私は感じました.
アジャイルがよいか悪いかという議論はもう通り越しており,現在のホットな部分は,
■ 契約の問題 に移ってきています.
やはりこのあたりが解決されないと,産業界にインパクトを与えるようになるのは難しいのでしょう. このカンファレンスの日本語訳サイトを以下に準備しています. まだ邦訳は少ないですが,チェックしてみてください. http://www.ObjectClub.jp/community/adc/index_html なお,来年も同じ場所でこのカンファレンスは行われます. 日本からツアーを組んで参加する予定ですので,是非みなさんもご一緒に如何でしょうか.
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最後に,私と一緒にカンファレンスに出席し,
この記事の執筆を手伝ってくれた牛尾剛さん,天野勝さん,北野弘治さんに感謝します.
また一緒に行こうね.
以上. |
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