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アジャイル開発コンファレンス参加レポート  2003
初版2003年9月1日
(株)永和システムマネジメント
平鍋健児
概要

2003年8月31日米国ソルトレイクシティで,第1回アジャイル開発カンファレンスが開催されました. 現在ソフトウェア開発界で大きなムーブメントとなっているアジャイル型のソフトウェア開発プロセスに関するはじめての国際会議です. この記事は,カンファレンスの参加報告です.現在のソフトウェア開発業界に, 「アジャイル」というキーワードで何が起こっているのかをレポートしたいと思います.

名称:アジャイル開発カンファレンス(Agile Development Conference)
Web: http://www.agiledevelopmentconference.com
議長: Alistair Cockburn
期日:2003年6月25日-28日
場所:米国ユタ州,ソルトレイクシティ


ソルトレイクシティ

ソルトレイクの場所 ソルトレイクシティは,本カンファレンスの議長(カンファレンス・チェア)である Alistair Cockburn1氏のホームタウンであり, さらにJim Highsmith2 氏も以前ここに住んでいたようです. 大きな湖のほとりにある,治安のよい静かな人口20万の都市です.
日本からは,サンフランシスコを経由してソルトレイクシティ空港に到着します. 気温は日本とそんなに変わりませんが,非常に乾燥しており,山は緑少なく,ほとんどが赤土に覆われています. 日差しが強く,外出時は日焼け止めと帽子が必須とのことでした.

注:
1Alistair Cockburn 『アジャイルソフトウェア開発』(ピアソンエデュケーション)の著者.
2Jim Highsmith 『適応型ソフトウェア開発』の著者.


アイス・ブレーカー・パーティ

Where Are Your From? コンファレンス前日の夜には,アイス・ブレイカー・パーティが催されました. アイス・ブレイキングとは,「初対面の緊張を割る」ことです. 簡単な食事とドリンクでの立食パーティで,会場にはダンサー,占い師,曲芸師,似顔絵師, などなどが参加するという面白い趣向がほどこされていました.
この写真は,”Where Are You From ?”と書かれたボードです. 参加者は自分の出身地を世界地図の場所にピンを刺し, そのピンから細いテープを引っ張って自分の名刺や自己紹介のカードを張りつけます. 「どこから来たの? 」という質問は,アイスブレイキングのよい質問です.
ほとんどはアメリカからの参加ですが,イギリスやニュージーランドからの参加もありました. ちなみに日本からは,5名の参加があったようです.日本参加者のカードを拡大しておきます.


基調講演

Gerald M. Weinberg キーノートスピーチは, 『ライトついてますか?』, 『コンサルタントの秘密』, 『要求仕様の探検学』 等で有名なGerald Weinberg.” Effective Habits in Software Development” (『ソフトウェア開発における効果的な習慣』)という内容で, 犬の家族を題材にしたビデオを中心にしたユーモア溢れる講演でした. ここであげられていた「習慣」には,コミュニケーションを大切にする,とか,感謝をする,など ソフトウェア開発者というよりも人間として他人と協調するために忘れてはならないことが多く語られました.


カンファレンス

セッションは,以下の4種類から構成されていました.

チュートリアル(Tutorial)
研究論文(Research Papers)
体験レポート(Experience Report)
技術交換(Technical Exchange)

このカンファレンスの特徴は,「チュートリアル」や「研究論文」だけでなく, より身近な「体験レポート」や「技術交換」が含まれていることです. 特に技術交換では,参加者と講演者が一体となって議論を行うワークショップ形式が多く見られました. アジャイル開発のような発展途上の技術については, 今回のような「緩やかなコラボレーション」を重視した会議の組み立てが重要であることを認識させられました.


チュートリアル

Wad Cunningham: FIT の実演 チュートリアルは,各話題についての講義中心です. 講義といってもアジャイルらしく,リアルタイムに質問が質問を呼び,参加者から別視点で回答があったりと, 日本でのチュートリアルとは雰囲気が全く違います. おそらく講師が話す時間と参加者が話す時間は半々くらいではなかったでしょうか. 幾つか著名人のチュートリアルを紹介します.


大物ぞろい
Jim Highsmith は, アジャイルアプローチ全般についての現在の総括を行っています. Robert Martin3 は, 70, 80, 90 年代のソフトウェアを振り返り,現在の2000年でのアジャイル開発の意味について語りました. Scott Ambler4 はアジャイル・モデリング, さらにはアジャイル・データについて,Craig Larman5 は UP(Unified Process)のAgile適応について語っています. FDD(Feature Driven Development)を提唱している Jeff DeLuka6 と, SCRUMを提唱しているKen Schwaber7が, それぞれの手法の概説を行いました. XPの父であるRon Jeffries8William Wake9 は, XPプロジェクトでの重要な役割である「コーチ」について語っています. この講義は6人1組のワークショップ形式で行われ,「折り紙」を使ってその作業をするプログラマ2名, それを見ているコーチ2名,さらにそれを観察している2名で, それぞれが気付いた点を話しあって「よいコーチとは」を考えるものです. Alistair Cockburn1 は, もちろん自身のクリスタル手法の解説ですが,よりプロセスをプロジェクトに適合させる, という視点を重視していました.

FITの参加者(ペアプログラミングは言語を超える)

注:
3Robert Martin “Agile Software Development”の著者
4Scott Ambler 『アジャイルモデリング』の著者
5Craig Larman 『実践UML』の著者
6Jeff DeLuka "Java Modeling in Color With Uml"の著者
7Ken Schwaber 『アジャイルソフトウェア開発スクラム』の著者
8Ron Jeffries 『XPエクストリームプログラミング導入編』の著者
9William Wake 『XPエクストリームプログラミングアドベンチャー』の著者



新たな話題

最近,IXP(Industrial XP)という, マネジメントを含んだXPを提唱している Diana Larsen とJoshua Kevinskey は, XPを組織に導入する際の問題とその対策について話しました. また,トヨタ生産方式(リーン生産)をソフトウェア開発に持ちこむ, という刺激的な話題をTom/Mary Poppendieck10 夫妻が扱っています. XPの祖父であるWard Cunninghamは,顧客テスト(受け入れテスト)を自動化するツールであるFITをハンズオンで解説しました. テストをエクセルシートのような「表駆動」にすることで,顧客にテストを書いてもらえるような環境作りに挑戦しています (ちなみにこのFITというツールはWikiをベースにしています). パターンコミュニティで著名なMary Lynn Manns と Linda Rising11 は, 「回顧」(Retrospectives )という手法をアジャイルの文脈に持ちこんで解説しています. この手法はもともと終了したプロジェクトの検死解剖(Postmortem)と呼ばれていたもので, それを発展させて,プロジェクトの参加者が,過去のプロジェクトを振り返って, 次のプロジェクトへの勇気を取り戻すというヒーリング系の活動へと進化したものです.

注:
10Tom/Mary Poppendieck “Lean Software Development”の著者(邦訳未)
11Mary Lynn Manns とLinda Rising “Introducing Patterns into Organizations”の著者
Norman Kerth,”Project Retrospective”

チュートリアル Tutorials セッション一覧



研究論文としては,以下のようなセッションがありました. 特に,ソフトウェアの見積や品質で有名なBarry Boehm12 が, 計画型開発とアジャイル型開発のバランスについての研究を発表しています. これは近日書籍として出版 されるようです.また,Rick Mugridgeは,テスト駆動開発におけるテストを記述してから実装を行う開発手法が, 科学で用いられる仮説検証型の思考手法と共通点があることを指摘していました.

注:
12Barry Boehm “Software Cost Estimation with COCOMO II”の著者
                      “Balancing Agility and Discipline: A Guide for the Perplexed”

研究論文 Research Papers セッション一覧


体験レポート

自らの体験を語る体験レポートでは,多くの活発な発表がありました.
Jeff Patton は,自身が体験した固定スコープ型のプロジェクト(最初に開発範囲を決定してしまう通常の開発)において, いかにしてユーザを巻込んで開発範囲を解きほぐしたかについて話しました.またCurtis Cooleyは, アジャイル不支持派が多いプロジェクトにXPを持ちこみ,いかにして半数を納得させたかを話しました.
特に,体験レポートだけあって非常になまなましい現実味を帯びた話が多く語られていたようです.


体験レポートExperienceReport セッション一覧


技術交換

技術交換は,参加型のワークショップ形式を取っているセッションが大半です.
Mary Poppendieck と Christine Mooreは,アジャイル開発に重要な顧客と開発側のWin-Winな契約手法を探るため, 「囚人のジレンマ」を例にした契約と信頼関係に関するアクティビティを行いました.
Pete McBreen13 は, 要求仕様をまとめる必要があるプロジェクトにおいて, どのようにしたらアジャイル開発に適した仕様書を作れるか,という問題を扱いました. Forrest Shull とLaurie Williams14 は, これまでにアジャイル開発において分かってきた経験則(Heuristics)をまとめています.

注:
13Pete McBreen 『XPエクストリームプログラミング懐疑編』の著者
14Laurie Williams 『ペアプログラミング』の著者

技術交換 TechnicalExchange セッション一覧



Retrospectiveのファシリテーション 今回のコンファレンスで私が最も印象に残ったのは,コンファレンス全体のファシリテーションです. ファシリテーションとは,「会議が円滑にいくように会場,雰囲気作りをし,参加型会議進行を行うこと」で, アジャイル開発ではこのファシリテーションに関するスキルが大きくクローズアップされています.
例えば,会場の壁という壁には模造紙やポストイットが貼られ, 何かを発信15しています. 例えば,次の写真は,Retrospectivesのワークショップで使われた,タイムラインという手法の情報発信機です. プロジェクトを回顧する際に,壁にプロジェクトで起った出来事を時系列に沿って参加者全員が貼っていきます. 個人個人でカードを書き,プロジェクトで起った出来事のうち赤は「腹が立ったこと」 青は「嬉しかったこと」などと色分けして貼っていくと, そのプロジェクトの全体像が浮かび上がるというものです。

注:
15これを大げさに,Information Radiator(情報発信機)と言う.




Alistair Cockburn氏 この他にも,「オープンスペース」という面白いミーティング方法がありました. 決められた掲示板に「何時からこの話題について話したい人は集まって」というお知らせを貼るのです. すると,その話題に興味がある人が集まって自然に議論が始まります.
さらに,最終日に行われたこのカンファレンス全体に対するアンケートも,模造紙とポストイットを使って行われました. 良かった点,改善して欲しい点などをポストイットに書いて,ペタペタ貼っていきます. こうすることで,他人の意見に刺激されてどんどん新しいアイディアが壁面に溢れるようになるのです.

最終日のパーティでは,さまざまな表彰がありました. 日本から参加した私達は,「アジャイルタイガー賞」を頂くことになりました. タイガーは,Cockburn氏の本,『アジャイル・ソフトウェア開発』の 表紙の動物16 で,俊敏さを示すものです. この賞には,「よくぞ日本から来てくれた」という感謝が含まれていると思っています. この最終パーティは深夜まで続き,「アジャイル派対ウォーターフォール派の対決」ビデオ鑑賞やDJを呼んでの クラブタイムなどで盛り上がりました. 私はLaurie Williamsと70sディスコが踊れたことが一番嬉しかったことです.


注:
16Cockburn氏曰く,「チーターはファーストだがアジャイルではない. タイガーはファーストではないがアジャイルだ.」


今回のカンファレンスで,アジャイルムーブメントは,確実に本物になりつつあると私は感じました. アジャイルがよいか悪いかという議論はもう通り越しており,現在のホットな部分は,

契約の問題
既存手法とのバランスの問題
顧客との関係の問題
ファシリテーション
企業文化の問題

に移ってきています. やはりこのあたりが解決されないと,産業界にインパクトを与えるようになるのは難しいのでしょう.
もう一つ感じたことは,このアジャイルムーブメントに携わっている人は,ほとんどが個人的使命感を持ち, 企業人としてではなくソフトウェア開発に携わる一個人としての意見を持って参加していることです. 毎晩アルコールを飲みながら議論を交わしたのは,「現在のソフトウェア開発ではうまくいかない部分をどうにかして解決したい」, という参加者の願いが原動力となっていたからです.みな真剣にかつ楽しく議論していました.
また,私はこのカンファレンスで多くの友人を得ました. 特にAlistair Cockburn氏とハイキングに行ったり氏の自宅で卓球をしたりと, ずいぶん個人的なホスピタリティを受けることができました. こうしたハートを通じたコミュニケーションが,このムーブメントを支えているのだ,と強く実感しました.

このカンファレンスの日本語訳サイトを以下に準備しています. まだ邦訳は少ないですが,チェックしてみてください.

http://www.ObjectClub.jp/community/adc/index_html

なお,来年も同じ場所でこのカンファレンスは行われます. 日本からツアーを組んで参加する予定ですので,是非みなさんもご一緒に如何でしょうか.

カンファレンスで集めたサイン



最後に,私と一緒にカンファレンスに出席し, この記事の執筆を手伝ってくれた牛尾剛さん,天野勝さん,北野弘治さんに感謝します. また一緒に行こうね.
以上.



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