みつじです。
naka aki さん、赤坂さん、
>> 動くのですから、オブジェクトは的から逃げていくことも有るわけです。
>> われらの言葉でいえば、あるMessageSendingの対象として適切な存在であるかどうか?が
>> リアルタイムに刻々変化していく感じです。
>
> 図面にするなら、少なくともある時点で変化しない何かが欲しいですね。
> その変化しない何かを基準にして、動きを表現できると思います。
> ただ、動くものの次元が多数になるとどうやって表現するんでしょうね。
> やっぱり、アニメーション描くしかないように思うのは、
> ・・・考えが足りないのかも知れないですね。
私も赤坂さんに賛成です。
同時に複数の視点から描けないのではなくて、ただ1つの視点だけから
描かれるから図面なのだという考えです。
建築などに使われる設計図と、ピカソが描いたようなキュビズムの絵の
違いは何でしょうか。
設計図は、上からなのか横からなのか、視点がはっきり決まって
描かれています。一方、キュビズムの絵にはひとつの平面にいくつもの
視点から見たものが混在しています。1つの顔に前から見たものと横から
見たものが混在したりしています。
キュビズムの絵のようなものも、(芸術的な意味で)被写体の本質を
描き出したものだと思うのですが、設計のような用途には向かないのは
明らかです。
たとえば、システムの素人にシステムの概要を説明するために
描くような図(いわゆるポンチ絵)は、「キュビズム」でもよいと思っています。
とりあえず大まかなことを理解させるのが優先なので、細かく見ると
矛盾を含んでいても、相手の理解の外であれば問題ないと思うのです。
ちょっと証明できないのですが、被写体のいくつかの側面を同時に
1つの平面に描きだそうとすると結果として曖昧さや矛盾が生じるため、
図面は1つの視点からかかれるようになっているのではないでしょうか?
UMLもそういう意味で9つの視点に分けられているとは考えられないでしょうか?
そしてMDAなどのためにも、このように視点が分かれていることが、
かえって威力を発揮するのではないかと思うのです。