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Date:  Sat, 22 Feb 2003 09:33:12 +0900
From:  Shin <omura@....jp>
Subject:  [XP-jp:04093] 五輪書
To:  XPJ <extremeprogramming-jp@....jp>
Message-Id:  <CC2DA09FB7629omura@....jp>
X-Mail-Count: 04093

おひさしぶりです おおむらです。

しばらく前、amazon.co.jpで「五輪書」がベストセラーに入って
ました。よく考えたら、今年の大河ドラマなのね。

でも、剣術を志してもいない人が五輪書を読んでも
そんなに面白くないような気もします。

という私も剣の道とは縁のない人ですが、五輪書は
なんとなく気になって、何度も読み直しています。

何故、そんなに惹かれるのかと考えてみると、それは
XPと共通するあることがあるからのように思えます。


それは、ひとつは、徹底した合理性かな。

おそらく武蔵に限らず、強い剣士はそれぞれの理論を
持っていて(だから奥義書というものが残されている)
彼らの戦いは、そういう理論のぶつかりあいだったと
思うわけです。理論が間違っていれば、それは死を
意味しますから、生き残った理論は、ある意味で正しい
し、そしてとてつもなく合理的でなくてはならないでしょう。

一方で、XPのextreamという言葉は、やはり徹底した
合理性のことを意味しているように思うわけです。

XPは、「変化」というそれまで本質的ではないものと考
えられていた要素を、実はそれこそが本質であると
捉えることで、開発プロセス自体を見直したものだと
思いますが、そこにある合理的な精神。

XPのプラクティスも、従来の個々の手法をリファクタリング
し、新たな目的にそって合理的に組み合わされたように
思いますし、そもそも、XPの開発プロセス自体、
いろんな事例を通じて、フィードバックがかけられて
いくのではなかったでしたっけ。

徹底的な合理性というのが、共通していると思います。


もうひとつの類似性は、たとえば、五輪書を読むと
繰り返し、「よくよく吟味すべし」とか「よくよく工夫
あるべし」といった言葉が出てきます。

これは、上では理論という言葉を使いましたけど、
なんというかひとつの硬直した理論を示すのではなく、
その場その場において自分独自の最高のパフォーマンスを
発揮するための、それぞれの心のありかたを教えよう
としているのではないかという気がします。
(硬直した理論では、目の前の「変化」する敵には
勝ち続けることはできませんからね)

それは、XPにおいてコミュニケーションとか勇気とか、
徹底的にフィードバックを繰り返すことで、
開発チーム全体のパフォーマンスをきりきりもりあげて
いくXPの姿勢に重なって見えてくるのです。


この、「今を最高に生きる」というようなテーマは、
五輪書に限らず、禅とか瞑想とかのあたりにもつな
がっていきますね。

そういえば、XP Explained の参考文献に

Writing down the bones  by Natalie Goldberg

というのがあがってて、読んだんですが、
面白いです。普通の、How to writeな本は、文章の
構成とか、文の組み立てとかそういったことを書いて
ますが、この本は違っていて、書くことを禅として
とらえ、何を書くか、書くことをどうやってみつけるか、
書くことによって何かを発見する、みたいなことが
書いてあったような…かなり前に読んだのでかなり
忘れてしまったけど、すごく共感したことは覚えて
ます。

おそらく、そういう部分で、参考文献にあげられていた
のではないかとも思います。

長くなってしまいましたが、五輪書はXPな人にとって
やはり重要な書ではないかなと思います。