いしばしです。
横から失礼します。
(長文で申し訳ないのですが...行き違いが生じているように思えますので、あ
えて投げさせて頂きます。)
もし意図を取り違えていたら申し訳ありません。
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戦略・戦術に関する考察の対象として最も簡単なのは、将棋や囲碁といったゲー
ムだと思います。適度に複雑で、適度にシンプルですから。
さて、一局の将棋において「戦略」とは何でしょうか?
私は、
・「今回は急戦振り飛車でいこう」
・「矢倉が得意だから、今回も当然矢倉だ」
・「あいつは攻めが甘いから、穴熊がいいだろう」
といった判断が「戦略」であると思います。この戦略の特徴は、
・一旦決めたら、対戦中に変更するのはまず無理
・戦略の失敗は、敗北を意味する
・事前に決定され、全ての手(特に序盤)の枠組みorシナリオとなる。
・勝負毎に変わる--->前回の勝負の結果から常にblush upされる。
・相手毎に変わる--->相手の得意戦略により変わる。
という事だと思います。
一方、「戦術」とは何でしょうか?
私は
・「王手飛車!」
・「金の底歩」
などが「戦術」に相当すると思います。特徴としては
・ある特定の局面にのみ意味がある
・戦術の失敗はそのまま敗北を意味しない
・事前に決定される訳ではなく、on timeにのみ意味がある
・勝負毎に変わらない--->どのような勝負でも確実に意味がある
・相手毎に変わらない--->誰が相手でも確実に?効果がある
という事だと思います。
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将棋・囲碁が実際の戦争と異なるのは、
・全体が閉じている事
・影響を与える要素がすべて明らかである事
・ゼロサムであること
などだと思いますが、上記の将棋における「戦術」、「戦略」を一般に拡張すれ
ば、色々なことが分ると思います。
以前の投稿でも書きましたが、戦略・戦術とは、
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ある複雑な全体において、特定の目的を達成する為の方法論に関する記述である。
・なにもしない場合は100%目的は達成されない事が分かっている。
(でなければ問題として意味がないでしょう。)
・状況によっては達成可能である事が分かっている。
(解の到達性)
・解は実効的時間内には得る事が出来ない事が分かっている。
(NPである)
※ 詰め将棋・詰め碁は、実効時間内に解く事が可能なので、戦略・戦術といっ
たものは存在しない。つまり、将棋・囲碁の最後においては戦術も戦略もない。
上記の状況において、適応的(adaptive)に解を得ようとする考え方。
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であると思うのですが、いかがでしょう?
さらに現実では、
・全体が階層構造をもつ
(超複雑な問題を解く為に、複数の部分問題に分割する。または管理上。)
・予測不能
(コンテキストが未来に突然変化する可能性がある)
などなど。
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で、本題なのですが、
> そこは私の質問個所ではなくて、その次の
>
> firo> で、教えていただきたいのですが、元の濱井さんのご意見での「いつでも」とい
> firo> う部分は「成中」という文脈とどのように関係するのでしょうか。私には、正
> firo> 直どのようにしてそれらがつながるかが理解できません。また、理解できないと、
> firo> 濱井さんの「戦略は変わらない」という意見に対する私の「戦略は変わる」とい
> firo> う反論は、結局ズレている、ということにしかならないので、意味がないことに
> firo> なります。申し訳ありませんが、教えていただければ助かります。
>
> が、私の質問したいことです。よろしくお願いします。
・あるコンテキストにおいて、戦略は不変です
・コンテキストが変われば戦略は変わります
の行き違いかと思うのですが。
> k-hamai>
> k-hamai> >さて、次の話ですが、
> k-hamai> >k-hamai> >k-hamai> 例えば、XPにおいて「変化ヲ抱擁セヨ」という言葉どおりあらゆる変化を
> k-hamai> >k-hamai> >k-hamai> 受け入れるというわけではありません。XPにおいて想定している「変化」は、
> k-hamai> >k-hamai> >k-hamai> 仕様の変化や納期の延長、短縮のような変化であり、開発メンバが大幅に
> k-hamai> >k-hamai> >k-hamai> 入れ替わるような「変化」に対してはXPは不向きです。このような変化に
> k-hamai> >k-hamai> >k-hamai> 対しては、むしろ、従来の重量級プロセスの方が適切です。
> k-hamai> >k-hamai> >
> k-hamai> >k-hamai> >開発メンバが大幅に入れ替わるというような話は出ていないと思いますが、どう
> k-hamai> >k-hamai> >でしょう。
> k-hamai> >k-hamai>
> k-hamai> >k-hamai> 「例えば」という言葉の通り、戦略を変化させるべきでない一例として挙げた
> k-hamai> >k-hamai> だけです。
> k-hamai> >
> k-hamai> >開発メンバを大幅に入れ替える、というのは戦略の例の1つである、ということ
> k-hamai> >ですね。
> k-hamai>
> k-hamai> 戦略ではなく、トラブルなんですが、特にXPにとっては。
> k-hamai> 開発メンバが大幅に入れ替わるようなトラブルに対しては、XPより従来型の
> k-hamai> 重量級プロセスの方が対応し易いということです。
>
> よくわかりません。戦略を変化させるべきでない一例なのに、それは戦略ではな
> くトラブルだとおっしゃっている意味がです。私の解釈、おかしいでしょうか?
状況が変われば当然戦略は変わるという意味でおっしゃっていると思います。
戦略は、全体が変わらない〜予測されている〜事を前提に立てられます。
(それを持ってコンテキストと呼んでいます)
従って、現実は予測外の事態に対応する為に、戦略は随時修正されるべきです。
(あくまで修正であり、変更ではない)
予想外の事態の事をトラブルと呼んでおられるのだろうと思います。
> k-hamai> >私は、失敗しない戦略を立案することと、戦略的失敗があった場合に、どのよう
> k-hamai> >に対処すべきかは、別問題であり、どちらも重要だと思います。また、その対処
> k-hamai> >の中には戦略を変える、という選択肢が絶対有りえないとは思いません。これに
> k-hamai> >ついて、そうだ(私の意見)、そうじゃない(濱井さんのご意見)、という場合、
> k-hamai> >どちらかが根拠をきちんと示して相手を納得させない限り、結局は意見の相違と
> k-hamai> >して平行線で終わってしまいますね。それが悪いわけではありませんが。。
> k-hamai>
> k-hamai> 「戦略を変える」という選択肢を全面的に否定しているつもりはないです。
> k-hamai> ただ、それは戦略的失敗の善後策に過ぎないということです。
>
> 善後策=後始末をうまくするための方策という意味でよろしいですね。
> 最初の戦略が失敗したら、その後始末を上手くするための別の戦略を立てること
> のみは、ありえる、それ以外、例えばもっと前ムキな戦略への変更は不可能、あ
> るいはやっちゃいけない、というご主張ですね。
>
> つまり、濱井さんのご主張は、最初の戦略が全てで、それが間違っていたら後は
> 後始末をうまくするしか道はない、ということですね。
ある作戦(戦闘)が失敗しても、次の作戦で勝つ。それがより上位のコンテキス
トの考え方ではないかと思います。
その為にはより少ない被害で負けるという事を「後始末」と言っているのだろう
と思いますが。
>
> k-hamai> 戦略を変えたりせずにすむようにすることが第一であり、戦略を変えることを
> k-hamai> 前提にしてはならないということです。
>
> 変える必要がなければ一番いいかもしれませんが、では変えざるを得ない状況に
> なったらどうするのでしょうか。あるいは、そんな状況になることはない、とい
> うことでしょうか。そんな状況にならないように、片方で神仏に祈るべし、とい
> うことでしょうか(これは冗談)?
コンテキストというものを理解されていない気がするのですが....
戦闘というものは、一時的なものにすぎないでしょう?
戦争だってより長期的観点では一時的なものにすぎません。
例えばあるプロジェクトにおける戦略は、「そのプロジェクト中においては」変
更できないとおっしゃっていると読めますが。
もしくは、あるプロジェクトのあるフェーズにおける戦略は、「そのフェーズに
おいては」変更できないとおっしゃっていると読めますが。
> 濱井さんの、先の2行は、私には、適切に行えさすれば人間の予測は常に正しく
> なされるということと、状況が絶対に変化しないということを前提にしなければ
> 成り立たないのではないように思います。濱井さんは、そう考えていますか?
>
> 私は、その前提は成り立たないと思います。その成り立たないという前提のもと
> で、
> ・戦略は人間に役にたたなければ意味がない
> ・戦略は博打、賭けの類であってはならない(賭けの側面が払拭できないとして
> も、できるかぎりは)
> ・ゆえに現在その知恵を人間が持っているかどうかはさておき、また、変化が避
> けることができないとすれば、戦略も変化に柔軟に対応すべし。だから変えるこ
> とを前提にしない戦略よりは、変えることを前提とした戦略のほうが(戦略をそ
> のようにできるよう研究するほうが)正しい、と思います。
>
戦略も戦術も、所詮解析解ではないのだから、普遍的でないのは当然。
解けているのなら変える必要はない(絶対に目的を達成できるのだから)。
例えば「戦闘」レベルの戦略を、成毎に修正し改善しようという意志は「戦争」
レベルの戦略。
「戦闘」レベルの戦略は成中に変えられないという主張と、「戦争」の中で個
々の「戦闘」における戦略を変えていくべきという主張は対立しますでしょうか?
(私にはこのような主張をし合っているように聞こえます。
本当に成中に戦略を変えるとしたら....たとえば穴熊で負けそうだから、今か
ら矢倉に組み直します?....うーむ。)
> k-hamai> があるのなら、そもそも、戦略、戦術の区別など必要ないはずです。YAGNI
>
> 戦略と戦術は時間的余裕のありなし、による分類だというわけですね。しかし、
> 意味がわからないので、教えてください。
私もこれは分かりません。
偶発的な戦闘が戦争に発展する場合もあります。
その場合は、戦争発生後に大急ぎで全体の戦略を作成するのではないでしょうか。
それが完成するまでは、個々の部隊が各自独自に判断して対処すべしという感じ
で。戦略のない戦闘も、戦術のない戦闘も有り得ないと思います。