長谷川@テクノポートです。
----- Original Message -----
From: "M.Horiuchi" <horiuchi@....jp>
Sent: Friday, February 01, 2002 12:59 AM
> > > 個々のパタンがうまく成立するためにはどのようなパタンが満たされてい
> > > る必要があるのかというのがうまく組み合わさった(ある意味パタンラン
> > > ゲージ)のがXPのプラクティスかな?
> >
> > XPをパターンランゲージとしてみると、
> > なかなか上手く構築されているような気がします。
>
> あまり精度の高い考察ではありませんが、XPが仮にパターンラン
> ゲージであるとすれば、ソフト開発のパターンではなく、ソフト
> 開発プロセスの方法論に対するパターンではないかと思うことが
> あります。
>
> このパターンを用いてソフト開発を行うのではなく、このパター
> ンを用いて方法論を各自で適時、構築し、それによってソフト開
> 発を行う、と。
おっしゃられている意図はわかります。以前からパターンランゲージを
方法論として見ることに対して、他の人から聞いたことも、自分なりに
考えたこともありますが、はっきり言ってよくわからない状態です。
たとえば、Coplien 達が構築している組織パターンでは、4つの
パターン言語から構成され、パターンの総数は100個ほどになっています。
cf. http://i44pc48.info.uni-karlsruhe.de/cgi-bin/OrgPatterns
これぐらいになると、かなり広い視野を手にすることができます。
しかし、これを方法論と言えるかどうかは、疑問に思っています。
もし言えたとしても、通常言われる方法論とはかなり性格が違うと。
「XPをパターンランゲージとしてみると」といいましたが、
XPの場合、Coplienの組織パターンとはかなり違います。
XPにおいては、Alexanderの言うCenterとしてのパターンしか
ないように感じています。そして方法論とは、本来もっともっと
広い世界から、オブジェクトの数を減らし、要約し、抽象化し、
そしてできたものではないかと思っています。
パターンランゲージは、常に開かれていますし、理論的根拠と
言うよりは、この根拠はコミュニティにより支えられているものです。
また、その関係上、文化(Culture)に大きく依存します。
私としては、方法論などと言う狭い捉え方よりも、パターン
ランゲージとして開かれたものを楽しみたいと思っています。
ただ、「方法論的」という点で、思い出すことがあります。
これもCoplienの話ですが、彼のプロジェクトではまず
パターンランゲージを構築することからはじめます。
これは、Alexanderの『オレゴン大学の実験』にあるのと、
ほぼ同じものです。自分達が立っている文脈には、常に独自なものが
あるため、自分達の適したパターンランゲージをまず構築します。
#この多様性を無視したならパターンランゲージとはいえないでしょう。
また、おそらく適宜自分達が直面した状況に対して、
適切なパターンを取り入れていくとも思います。
この方法は面白いと思いました。しかし、このやり方ができるのは、
パターンランゲージのエキスパートがいる場所だけのように思います。
#個人的にはどうにかしてこの方法を使おうと努力はしています。
さらに、難しいのはそれを受け入れる土壌です。自分達で決断していける
コミュニティやカルチャが必要です。これは『オレゴン大学...』を読めば、
パターンランゲージの導入が大きなショックをもたらすのがわかります。
そういうことなので、個人的には「方法論」としてパターン
ランゲージを提示することは難しいと考えています。
#「ソフトウェア方法論」には納まりきらないような。
XPの場合は、うまく要約ができているので取り込みやすく、
実際の実践によりリードできる人たちが多くなっているようです。
また現在のソフトウェア開発の土壌にもマッチするように
考えられていると思います。
そして、その先で、XPはパターンランゲージを取り込み
はじめるような気がしています。経験知が個人や集団に集積され、
さらに個人や集団を超えた姿が見え、それを十分再利用できる
とわかったときに、たぶん。
(追伸)
このMLの状態がほぼ復旧されたかと思いますので、
私もそろそろROMオブザーバーに戻ろうかと思います。
-- 長谷川(hasegawa@....jp)