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Date:  Wed, 05 Mar 2003 16:54:04 +0900
From:  石橋 和洋 <ishibashi.kazuhiro@....jp>
Subject:  [XP-jp:04168] Re: 記事紹介  : ピーター・コードが語る開発プロセスの選び方
To:  extremeprogramming-jp@....jp
Message-Id:  <20030305095635.D91B.ISHIBASHI.KAZUHIRO@....jp>
In-Reply-To:  <20030301161343.E72F.FIRO@....jp>
References:  <217459487020030227163104ishibashi.kazuhiro@....jp> <20030301161343.E72F.FIRO@....jp>
X-Mail-Count: 04168

いしばしです。


混沌としたやりとりが続いているようですが...(^^;;


以下、矢崎さんへのリプライです。
果てしなく長くなってしまい、誠に申し訳ありません。

> 戦略・戦術の正しさというのが何を意味されているわかりませんが、ここで私が
> 申し上げているのは、石橋さんが、戦略の特徴として
> ・一旦決めたら、対戦中に変更するのはまず無理
> ・戦略の失敗は、敗北を意味する
> ・事前に決定され、全ての手(特に序盤)の枠組みorシナリオとなる。
> をあげられたので、私は、戦略の一般的な特徴って、本当にそうなんですか?と
> 疑問を述べたのです。
> 
> もし、それに対して石橋さんが「経験の中で検証されていくもの」というのなら、
> 石橋さんご自身が
> ・一旦決めたら、対戦中に変更するのはまず無理
> ・戦略の失敗は、敗北を意味する
> ・事前に決定され、全ての手(特に序盤)の枠組みorシナリオとなる。
> というのは経験の中で検証されていくもの
> と述べられることになるので「え、石橋さんが戦略の特徴ってこうだよ、と言っ
> たばっかりなのに、、、、なぜいまさらそんなことをおっしゃるのかな?」と混乱
> してしまいます。
> 
> 私の解釈変でしょうか?

ああ、なるほど。そういう疑問ですね(^^;;
その点は論点になると思います。すみません。

プロでないなら云々...という記述がありましたが、
私がプロかどうかは問題ではなく、あくまでも「戦略」とは何なのかの記述に関
する疑問なんですよね?

> ・一旦決めたら、対戦中に変更するのはまず無理
> ・戦略の失敗は、敗北を意味する
> ・事前に決定され、全ての手(特に序盤)の枠組みorシナリオとなる。

上記の項目は、「戦略の特徴」ではなく、「将棋の場合における戦略の特徴」と
して列挙しました。従ってこれ自体は「一般化された戦略」全てに当てはまらな
い可能性はあると思います。


> ishibashi.kazuhiro> 普遍なものではありません。
> ishibashi.kazuhiro> 程度の差はあれ、「正しい」事を証明するのはたとえプロでも不可能です。
> ishibashi.kazuhiro> 
> ishibashi.kazuhiro> 従って、おっしゃるような疑問に意味があるかという点において疑問に思います。
> 
> どのような知識も絶対正しいことは証明できないかもしれません。ただ現時点で
> 私はそれが正しいと思う、という議論をしてはいけないとは思いません。そうで
> なければ全ての学問や議論は成り立たない、あるいは無意味になるように思いま
> す。しかし、このことについては私もきちんと説明できないので、あまり詳しく
> 入り込むことはしません。

すみません。この部分はとりあえず止めましょう(^^;;

> 上記のような考えから、私は正しいことを証明してください、ということを、ど
> のような議論、どのような人にもお願いするつもりはありません(数学的な、あ
> る公理から導かれる定理の証明などは別です)。ただ、できれば何故そう思うか
> をできるだけ論理的に説明してほしいと思うのです。最後はなんらかの主観的な
> 感情や信念にたどりつくものだとしても、、で、その説明がその時点である程度
> 論理的だと思い、また納得すれば、私は現時点、私の考えとして、それが正しい
> という意見を受け入れたいと思うのです。

そうですね。私もそう思います。

> で、石橋さんは戦略の特徴として
> ・一旦決めたら、対戦中に変更するのはまず無理
> ・戦略の失敗は、敗北を意味する
> ・事前に決定され、全ての手(特に序盤)の枠組みorシナリオとなる。
> と述べられたわけです。また、それについて特に根拠を示されているわけではあ
> りません。
> 
> なので、石橋さんがあげた特徴を私は正しいと思わないので、疑問があると申し
> ました。自分が納得しないことに疑問をもってはいけないでしょうか?それとも
> 戦略の上記のような特徴は誰もが既に知っていることだから、いまさらそんな疑
> 問をもつこと自体が不思議ということでしょうか?

すみません。できれば対論を頂けませんでしょうか?

矢崎さんが、「俺はこう思うんだ」というものを示してくださると、多分何処に
考えの相違があるのか分かるのではないかと思います。

政治経済、戦争などに関するお話は兎角複雑であり、この手の議論の題材には適
さないのではないかと思います。
(暗黙事項が多すぎます)

将棋レベルであれば多分紛れなくお話できるのではないかと...

> えーと、石橋さんがどのように主張しているかわからないのですが、石橋さんは
> 1)一旦決めたら、対戦中に変更するのはまず無理
> 2)戦略の失敗は、敗北を意味する
> 3)事前に決定され、全ての手(特に序盤)の枠組みorシナリオとなる。
> とおっしゃっているので、つまり、
> 
> ・戦略は最初にたてる(3)より)。
> ・最初にたてた戦略は対戦中には変更できない(1)より)。
> ・最初にたてた2つの戦略には優劣がつけられる(2)の戦略の失敗というキー
> ワードより)。
> ・その優劣により勝敗が決まる(2)より)。
> 
> 簡単にいえば、石橋さんのご主張によれば、戦略は最初にたて、それで優劣が決
> まり、それで勝敗が決まるまた、戦略は途中で変更できないので、最初にたてた
> 戦略で勝敗はもう決まってしまうことになります。
> #もちろん、戦略を実現する戦術や、行動が、その戦略どおりでなければ、勝敗が
> 変わるかもしれませんが、しかし、それは戦略レベルでの、勝敗が決まるという
> 理論には関係がない話だと思います。

色々なところで齟齬があるようですね(^^;;
まず私の基本的な前提を書きますね。
(これはもしかしたら、矢崎さんとも濱井さんとも異なるものかもしれません)

---------------------------------------------------
まず、戦略・戦術が導入される世界は、多くのノードからなる複雑系であり、
その全体的な振る舞いは計算量的に非決定論的である世界だと思ってい
ます。

この世界ではなにか確定された方法で解が事前に見出せる事はありえない、もし
くは妥当な時間内では不可能であると考えています。
(そうでなければまず問題として成立しない。)

このような世界において解を得る方法は、所謂「適応」以外には存在しないと
考えます。そして、戦略・戦術こそが過去から受け継がれてきた「一つの適応の
形:解」であると考えています。

以上が私にとってのベースラインです。

【ここまでで異論があれば下さい(_ _)】

---------------------------------------------------

さて、ここで私は一つの仮定を立てています。それは最適化プロセスを

・全体スキーマレベル最適化 --->戦略
・ノードレベル最適化       --->戦術

と始めに仮定している点です。この過程の妥当性については100%と言える自信は
ありませんが、所謂適応プロセスを構成する2つの存在(戦略・戦術)を隔てる
ものは何かを考えた場合、最も可能性が高いと思って選択しています。

【従って、この仮定の妥当性についてのご意見頂きたいです(^^;;】

もしかしたら、設計図と部品かもしれませんが、以下の点で賛成できません。
私は戦略と戦術は同等である・もしくは独立であると考えています。

※ つまり以下のようにあって欲しいという事です。

 |全体|------|サブ全体|-------|atom|
 <adapt>      <adapt>         <adapt>

                       <adapt>: そのノードの意志
例
 |一局の将棋|------|序盤|------|一手|

上記のような階層化された構造におけるそれぞれのオブジェクトの最適化にたい
する意志を、全体とサブ全体の関連の視点で(|全体|を全体だと思う人)は
全体の<adapt>を戦略とおもい、|サブ全体|の<adapt>を戦術だとおもう。

サブ全体とatomの関連の視点で(|サブ全体|を全体だと思う人)は、サブ全体の
<adapt>を戦略だと言い、atomの<adapt>を戦術だと言う。

こういった、戦略と戦術の不可分性を課したいというのが根底にあります。
(簡単に言うと、視点が違うだけで、同じ物だよねという主張です)

【ただの仮定ですので、「そうではない!」という指摘お願いします】

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システムには色々なシステムがあります。(勝手な区分ですが)

・閉じたシステムと開いたシステム
(外部とのioがあるかとか、始まりと終わりがあるかとか...)

・ゼロ知識適応の場合とそうでない場合
(用語の正しさは分かりません...ZKIPとは無関係(^^;;)

...などなど

まず分かりやすい例で「将棋・囲碁」などのゲームですが、これらは
「閉じたシステム」で「有知識適応プロセス」となりますね。

つまり、外部とのIOがなく、始まりと終わりがあり、過去の全く別のゲームから
の知識、経験を生かす事ができる適応プロセスとなります。

ちなみに「ある戦争」は「開いたシステム」で「有知識適応」ですね。
また、「生物の進化システム」は「開いたシステム」で「ゼロ知識適応」かな。
最後に「閉じたシステム」で「ゼロ知識」....疑似生物シュミレーションかな...

まず閉じたシステムと開いたシステムの違いは、予測可能性だと思います。
開いたシステムでは、コンテキスト(全体に相当するもの)の状態の変更、
コンテキスト自体の消滅などが発生する可能性があり、そういった場合はそれに
合わせて戦略・戦術の変更・修正が必要になります。

(矢崎さんがおっしゃってられましたね)


ゼロ知識適応とそうでない適応についてですが、

戦術も戦略も適応プロセスなので、ゼロ知識の場合は戦術と戦術が各々独立に適
応の過程を辿ります。

ただし、知識がある場合は事情が少しだけ変わります。
まず、過去の知識より、「手」の「価値」が予めある程度分かっています。
(戦術も戦略も)

従って、戦術で言えば「王手飛車」の「価値」を知らないノードと知っているノー
ドでは、知っているノードのほうが有利と言えます。
(無論、対戦中に編み出す事は可能ですが...)

戦略で言えば、「対穴熊戦の戦略」を知っているノードと知らないノードではや
はり、知っているノードのほうが有利となります。

つまり、有知識の場合は戦略も戦術もパターンが自動的に形成されるという事。

従って、有知識の場合は「全体の根幹となる基本戦略」および「atomicな選択肢
としての戦術」は固定される(パターン化される)方向に必ず向かう事を意味し
ていると思います。だって、そのほうが有利ですから。

(おっしゃるように有利だから勝つってものでもありませんが。実際には戦略・
戦術におけるパターンに関する知識よりも対戦中の適応の良さのほうがより勝負
の結果に反映される可能性はあります。)

そして、基本的には戦略や戦術の選択をしながらも、同時にリアルタイムな適応
も随時行なっていくというのがこのようなゲームのあり方だと思います。

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<今回の議題>


「全体の根幹となる基本戦略」を変更してはいけないかどうかが論点であるよう
に見受けられますが、上記の考え方からすると、変更しては行けないとはどこに
も書いてはいません。ただし、ある全体「将棋の一局」において戦略とは全体の
根幹であり、これが変更されるという事は殆ど考えられません。

ただし、開いた系(実世界)においては、コンテキストの状態の変化に応じた適
応が絶対に必要であると思います。

ただし、その修正は全体の根幹を変えるようなものではない事が必要であると思
います。

全体の根幹は全体のありかた(コンテキスト)に合わせて設定され、それは固定
された「パターン」に合致しているはずです。
そしてそのパターンは「コンテキスト全体」を支配しています。全体というのは、
「全てのノード」というだけではなく、「全ての時間」をも指しているのです。


私は戦略の変更が必要になった場合、コンテキストを破棄する(もしくは破棄さ
れた、変わった)と考えるべきだと思います。

逆に、コンテキストが変わったから戦略を変更するのだと考えるべきかも。
(もっというと、コンテキストの変更と戦略の変化は同義かもしれない)

以上が戦略の変更に対する私の意見です。

-----------------------------------------

> で、私は石橋さんのご主張どおりなら、将棋って結局最初に立てあう戦略の優劣
> だけで決まってしまうのですね。そんなら、おもしろくないのではないでしょう
> か?もしかしたら途中で戦略を変更させながら、戦ったりしているのでは(その
> 変えるタイミングやどのように変え方の組み合わせとして最終的に勝敗が決まる)、
> と思ったわけです。でも私は将棋については詳しくないので、まったく誤解して
> いるかもしれません。
> 
> ishibashi.kazuhiro> 
> ishibashi.kazuhiro> ちなみに、戦略が相手に知られてしまっているのはやはり不利です。たとえば矢倉
> 
> 戦略が相手に知られているかどうか、という議論は、ここで突然でてきたように
> 思いますが、石橋さん、あるいは私の投稿のどこかでそのような話がでておりま
> したでしょうか?すみません。どこでそのような話があったか教えてください。
> 探せませんでした。
> 
> もし以前にそのような話がされていなかったら、何故突然そのような話を出され
> たか、その意図を教えてください。

戦略のあり方ってことですね。
戦略は確かに勝負の結果を決めませんが、有利不利に影響を与えるという事を言
いたかっただけです。(^^;;

だからこそ、皆自分の戦略を隠すでしょ?という意味です。だって自分を不利に
したくはないですから。

> ishibashi.kazuhiro> 
> ishibashi.kazuhiro> (一局の将棋を序盤・中盤・終盤という3つのサブコンテキストに分けた場合、私
> ishibashi.kazuhiro> があげた作戦はあくまでも序盤を支配する枠組みと言えるかもしれません。従って
> ishibashi.kazuhiro> 、それが全体を決定するわけではないと主張されるならその通りかもしれませんが
> ishibashi.kazuhiro> 、すくなくとも序盤を決定します。)
> 
> 石橋さんは、敗北を意味するとおっしゃっています。序盤を決定する、と敗北は
> 全然違うものだと思います。議論も変わってくるでしょう。

そうですね。私の挙げた例は、全体のコンテキストを支配する戦略ではありませ
んでした。
従って、「序盤を支配する戦略だ」と言い直させて頂きました。


> 私は、議論の途中で意見を変えるのは全然OK.だと思います(議論というのは
> 最初の自分の意見に固執することではなく、その議論を通して自分の考えを深め
> ていくことだと思うからです)。しかし、その場合、意見を変えたことをきちん
> と表明すべきだと思います。そうしなければ議論がかみあわなくなります。その
> 結果、自分と相手(そしてそれを見て(聞いて)いる他の方達)の時間を無駄に
> してしまい、生産的な結論が導かれません。

すみません(TT)

> それと、将棋が序盤、中盤、終盤の3段階(のみ)にわかれるとして(私はその
> ように分割できるかどうか知りませんが)、その間で戦略の変更はないのでしょ
> うか?変更がないとすると、序盤を決定するだけでなく、(あくまでも石橋さん
> のご主張によれば)終盤まで決定してしまうのでは?逆に、変更があるとすれば
> 「一旦決めたら、対戦中に変更するのはまず無理」というご意見が成り立たなく
> なりますね。

このあたりのご意見が「コンテキストを考えてよ〜」と思ってしまう原因なんで
すよね...

私の挙げた例が「序盤の戦略」であれば、それは「序盤」を決定します。
別の「全体の戦略」があれば、それは「全体」を決定します。

戦略は、あくまでも「あるコンテキスト」の戦略であり、それはそのコンテキス
ト全体を支配します。

従って、私が「全体の戦略でなくて序盤の戦略でした」と訂正したという事は、
自動的にその記述のコンテキストが全体ではなく序盤になったのだという事を
ご理解頂きたいです(TT)

----------------------
なお、コンテキストの分割の方法はどうでもいいのです。
問題は分割したものを一つのコンテキストだと考えた時に、どういった戦略、ど
ういった戦術を考えられるかです。

固定された価値のある戦略や価値のある戦術を考える為には、コンテキストがよ
り安定である必要があるので、ある特性で見た時に「安定だな」と思える範囲で
ばさっと切ってしまっているだけです。

問題は、それによってより小さな全体で考える事が出来るようになるという事で
す。
(無論小さく切れば切るほど問題は小さくなりますが、今度は問題間の関連が増
えますし、どういった視点で切っているのかが分からなくなっては意味がありま
せん。従って、まあ3つに切るというのは妥当なところだと思います。妥当性を
議論しても仕方ないですが...)


> ishibashi.kazuhiro> すみません。濱井さんの主張を読んでみても、そうは思えません。
> ishibashi.kazuhiro> 本当に、濱井さんはある戦略を立てたら、それを未来永劫変えられないなどと言う
> ishibashi.kazuhiro> ことを主張されているのでしょうか?
> 
> では、[XP-jp:04023]の
> > ・正確な情報を得る
> > ・充分な兵力を揃える
> > ・充分な補給を調える
> >
> >といった基本戦略はいつでも同じです。
> >
> >ソフトウェア開発でも。
> >
> > ・優れた人材を揃える
> > ・良いツールを揃える
> > ・各人のやる気を引き出す
> >
> >といった基本戦略はいつでも同じです。
> >
> >敵や環境に合わせ、定まった手が存在しないのは戦術だと思います。
> 
> の「基本戦略はいつでも同じです」の解釈を、この文からだけ、コンテキストと
> からめて説明してください。よろしくお願いします。

なるほど、すみません。最近の投稿のみ読んでいたかもしれません。
濱井さんのおっしゃっている「戦略」は、矢崎さんのおっしゃられている「戦略」
とは全く異なるものですね〜

矢崎さんがおっしゃられているのは、
「さあ、人は集まった。ツールも決まった。皆で一生懸命やろう!」

といって始まった後のお話ですよね。

濱井さんがおっしゃられているのはその前のお話。

将棋で言えば、

・棋譜をたくさん覚えましょう。
・いろいろな定石を覚えましょう。
・たくさんの人と打ちましょう。

ということになりますでしょうか。(無論それも戦略ですが)

つまり、有知識適応において如何に有利な条件を事前にそろえるかという
点を濱井さんは「戦略」と呼んでいるのに対し、
そのシステム内における適応過程自身を矢崎さんは「戦略」と呼んでいると。

--------------------------
私の意見としては、

濱井さんのご意見は、「より上位の意志における戦略」だと思います。
つまり、実際にコンテキスト内部にいる人間には、人材を揃える権限
などなく、与えられたもので目的を達成するしかありません。

コンテキストの生成に意志を持つものは、そのさらに上のレイヤーに居ると
考えられます。

如何でしょうか?
-------------------------

> ishibashi.kazuhiro> > ishibashi.kazuhiro> 例えば「戦闘」レベルの戦略を、成毎に修正し改善しようという意志は「戦争」
> ishibashi.kazuhiro> > ishibashi.kazuhiro> レベルの戦略。
> ishibashi.kazuhiro> > ishibashi.kazuhiro> 「戦闘」レベルの戦略は成中に変えられないという主張と、「戦争」の中で個
> ishibashi.kazuhiro> > ishibashi.kazuhiro> 々の「戦闘」における戦略を変えていくべきという主張は対立しますでしょうか?
> ishibashi.kazuhiro> > ishibashi.kazuhiro> 
> ishibashi.kazuhiro> > ishibashi.kazuhiro> (私にはこのような主張をし合っているように聞こえます。
> ishibashi.kazuhiro> > 
> ishibashi.kazuhiro> > 僕はそうじゃないと思います。
> ishibashi.kazuhiro> > 
> ishibashi.kazuhiro> 了解しました。(TT)
> ishibashi.kazuhiro> そうすると、どういった対立だったんでしょうか...
> 
> [XP-jp:04104] で私が書いているとおり、「成中」というのは、後から突然わ
> いてきたものだと思っています。それまでは、「成中」という概念はこのやり
> とりのテーマではありません。なんか、途中でわけもなく、つけたしのようにで
> てきたものです。
> 
なるほど。ではこのお話はこれにて。