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Date:  Wed, 9 Jan 2002 08:55:51 +0900
From:  k-hamai@....com
Subject:  [XP-jp:02985] 生産量 (was CMM 	と XP)
To:  extremeprogramming-jp@....jp
Message-Id:  <200201082355.IAA02900@....jp>
In-Reply-To:  <002d01c19795$14a8e9a0$0102a8c0@VAIOSR9>
References:  <002d01c19795$14a8e9a0$0102a8c0@VAIOSR9>
X-Mail-Count: 02985

濱井です。
2002/01/08 01:05:05 +0900にbugbear@....nuさんが送られた
メールに関する返信です。

>「生産量」がそもそも何を意味しているのかというのが問題なんですよね。

[XP-jp:02961]などで「お金を儲けること」に私が固執しているのも、
売り上げや利益など金額以外にソフトウェア開発において生産量を
あらわせる一般的なものが無いからです。


>なぜか「コードの量」や「文書の量」が生産量とみなされていることが多く、
>無駄なコードや文書を大量生産するほうが
>生産性が高いと誤解されてしまいやすいのだと思います。

つまり、コストと生産量の区別すらできていないということです。
クルマの生産量を使用した鉄の量であらわしたり、タイヤの生産量を
使用したゴムの量であらわしたりするようなものです。

ソフトウェアは構造をもった構築物であり、ソースコードなどの単なる
寄せ集めではありません。ソースコードの各行や文書の各ページを
デタラメに入れ替えても、行数やページ数は変わりませんが、
ソフトウェアは壊れてしまいます。
規模でソフトウェアの生産量をあらわそうとするのは、ある意味
ソフトウェア開発を侮辱するものです。


>(あと、しっかり定時で仕事を済ませる人よりも、
>残業する人の方が残業代が出て儲かってしまうとか、
>「働き者」とみなされるとか、変な問題もありますね。)

コストと生産量とを取り違えるのなら、ソースコードの量などより工数
を生産量と間違えた方がましという面すらあります。余計な工数を
かけてもそれはそれで終わりで、余計なソースコードが保守性などを
悪化させ、後々まで足を引っ張ったりするのよりはましです。


>再利用できるようにするコーディングや、リファクタリングは、
>それだけ見ただけでは「満たされた要件の量」を増やしません。
>(場合によっては、一時的に、満たすことができる要件の量を減らすことにもな
>る。)
>しかし、再生産を防いだり、コードを簡潔に保つことで
>「これから満たすことができる要件の量」を増やすことができるのですよね。
>つまり未来への投資なわけです。
>これをどう評価するかという手法は確かにまだきちんとできていない気はします。

それ以前に、冗長なソースコードや不要な機能を削っても真の生産量は
減らないはずだがその問題すら解決できていないということです。
コストと生産量の区別すらできていないのですからしかたないと言えば
しかたないのですが。


>間違った前提からは間違った答えしか出ないというのは正しいと思います。
>ただ、私としては、ソフトウェア工学が間違っていたというよりも、
>そういった評価手法を利用して評価する人たちが
>中途半端に評価手法を理解して、
>「一見合理的に見えるが実は正しくない評価方法」を取ってしまったり
>「目先の利益」にしがみついたりするのが問題なのだろうと思っています。

間違いは間違いでしょう。責任とかを議論しているのではないです。